創価学会 宗教二世の日々 創価の母と同居中

創価学会二世です。家庭内のこと、辛くても誰にも言えなくて、blogで気持ちをぼやきます。もし同じような方がいらしたらコメント欲しいです。だよねぇって話したいです。

がんばらないと

学会って、私の一方的な主観だけど、

頑張れ

頑張れ

信心で乗り越えろ!

って感じ。

 

昔の聖教新聞か人間革命か、忘れたけど、よくある体験談。

旦那さんが呑んだくれで暴力をふるう、お金はギャンブルに消える、働かない、生活費をむしりとる。

そんな家庭の婦人部の女性。

旦那への愚痴を言うと幹部に咎められる。

環境のせいにしてはいけない。

自分が変わらないといけない。

自分の信心で宿命転換するんだ。

まずは旦那に感謝して、

しゃくぶくに挑戦。

明るくなって自分が変わる。

そうするうちに旦那が変わって、

幸せになりました。

めでたしめでたし。

 

我慢することを強いられる。

悪いのは自分。

自分の力で切り開きなさい。

 

どんだけ女性軽視なんだ??

そんな旦那を面倒みることが、菩薩の心なのか??

 

学会って、こんな感じの美談多くないですか?

これを美談にするの、変じゃないですか?

 

救うことは、素晴らしいことかもしれない。

旦那を正気にさせて幸せになる。

でも、なんだろモヤモヤする。

私は心が狭いのかな?

ギャンブルも、アルコールも、それは病気で、

奥さんが耐えることで治る問題ではない気がする。

そこに子供がいたらどう?

正気になってめでたしめでたし?

そこに行くまでの日常は、子供にとって大きなストレスで、

どんだけ辛いのか。

親なら、子供を優先して、そこから新しく違う道へ進んでもいいんじゃないかな?

別れたっていいんじゃないかな?

でもそれって学会だと

「逃げ」

になるんだよなぁ。

すごく辛い時、辛すぎて限界で、いをけっして相談して、

本当に必要なのは

自分と子供を守ること。

辛かったね、大変だったね、よく我慢したね

って言って、

もう大丈夫だよって

旦那から離れて、暖かい生活をして、心と体を元に戻して、元気になること。

それを私は言ってあげたいなぁ。

 

CMで

頑張りすぎて

頑張らな糸が絡まってるよ

ってのを見たことがあります。

 

頑張らないと!

って糸が絡んで、辛くて、

頑張らなくたっていいんだよ。

って私は思うのです。

 

姉が、学会員と付き合っていた時、

学会員ってことだけで、母は大満足。

学会本部で働いていた?ってことで、こんな素晴らしい人はいない、みたいな信頼。

でも実際はすっごいクズで、

窃盗で警察に捕まったり、実は無職だったり、

それを姉は、自分が頑張れば相手はかわるって、これは自分の宿命だから祈って宿命転換する時なんだって信じるしかなくて

学会員ってことだけで、そこに頼ってた。

 

それは姉の宿命ではない。

それを姉が背負う必要ない。

それを変えるのは姉の努力ではない。

 

姉は何も悪くない。

それを変える必要はない。

もっと幸せになっていいんだ。

 

クズとは結婚しなかったけど、

学会の、

自分が悪い、

ってのはなんかちょっと違うような気がする。

自分の努力でまわりをかえよう、

なんて、おこがましいんじゃないかなぁ。

人のせいにしてばかりなのはダメだけど、だからって全部が自分のせいってわけではないと思います。